ミルズ家の朝は慌ただしい。いつものように、ふたりしていそいそと身支度をしているとき
のことだった。

「ねえゼイン。私の徽章知らない?」

「徽章?知るわけがないだろう。なくしたのか」

 首を傾げながらやってくるミゼットにゼインが眉をひそめる。

「ええ、見当たらないのよ」

「君は予科生か」

「予科生のときだって、そこまで間抜けなことしたことない」

 心外だと言わんばかしに彼女は口を尖らせる。そんな妻をなだめながら、胸元のスカーフ
を結び直してやる。

「とにかく心当たりを捜しなさい」

「そんなこと言ったって、いつも付けっ放しだもの。落としたのかしら」

「勘違いかもしれないだろう」

「勘違い…。私、もうろくしているのかしら。最近多いのよね、こういうこと。ピアスが片方なかっ
たり、置いた筈のところにものがなかったり」

 あれもないこれもないとミゼットがぼやく。

「君のメイドには聞いてみたのかね」

「アシェリーに?あの娘が盗ったというの」

「可能性の話をしているだけだ」

 極めて冷静に夫は言うが、ミゼットの胸中は穏やかではない。言われてみれば、確かに彼
女が来てからよくものがなくなるようになった気がする。考えれば考えるほどに疑わしくなった。

「いずれにせよ、今それを確かめている暇はないだろう」

 夫と話し合い、週末はアシェリーを施設へ帰し、週明けの決まった時間に通わせることにし
ている。今日はまだやってきていない。

「どうしよう」

 ミゼットは途方に暮れた。そうでなくとも城勤めは服装云々に厳しい。これでは出仕出来ない。

「今日のところは、これでお茶を濁すしかなかろう」

「ゼイン!良いの?」

 夫の差し出した徽章を信じられないといった具合に凝視する。

「止むを得ないだろう。もっともこれ以上偉くなられたら、もう私の手には負えないが」

 今ゼインが手にしているそれは、数年前まで彼の襟にあったものだ。ここ何年かで、ミゼッ
トは 階段を駈け登るが如く異例の出世を遂げていた。

「ありがとう、ゼイン。恩に着るわ」