「ねぇ、お兄ちゃん。一緒に寝ようよ」

「だめ。ひとりで寝なさい」

「無理!怖くて寝れない」

 弟は時折無鉄砲なことをやらかすくせに、とかく目に見えないものについては酷く怖がった。
 彼の歳を考えれば仕方がないことではあるが、それでもそろそろ何とかしたいとタリウスは
思慮していた。

「そんなに怖いなら、怪談話なんか聞かなければ良いだろう」

「だって、面白そうだったんだもん」

 昼間、ふらりとミゼットがやってきてシェールに怪談を聞かせたらしい。察するに、行軍中に
彼女が見聞きした話だろう。大人が聞いても気分の良いものではない。怖がりの見たがりが
災いしたのだ。

「そんなの自業自得だろう。ほら、早くベッドへ入れ」

「お兄ちゃんは僕がオバケに食べられちゃってもいいの?」

 そんなことあるわけないだろう。弟を怒鳴ろうとして、思い止どまる。頑なにオバケの存在を
信じている弟と、オバケいるいない論争をしても無駄だと思った。

「わかった。万が一オバケが来たら、兄ちゃんがやっつけてやるから」

「本当?」

「ああ。任せろ」

 自分の言葉にベッドへ向かった弟を単純だなと心の中で笑った。ともあれ、これでやっと寝
てくれる。

「ねぇお兄ちゃん」

 しかし、安堵したのも束の間、またしてもシェールがベッドから顔を覗かせた。

「今度は何だ?」

「お兄ちゃんは、どうやってオバケをやっつけるの?」

 面倒そうに応じる兄にシェールが不安そうに聞いた。

「え?どうやってって言われてもな」

 元より口から出任せである。タリウスはオバケを倒す方法、もとい弟を納得させる方法を考
える。

「そうだな…ああ、お尻ペンペンしてやる」

「へ?オバケの?」

 弟は目を丸くする。言っているこっちだって恥ずかしいのだ。

「そうだ。お前を怖がらせるような悪いオバケはお尻ペンペンだ。それで良いだろう?」

 うん、とシェール。確かに自分をお仕置きする兄は鬼の如く恐ろしい。それならオバケにも
勝てるかもしれない。

「わかったら寝なさい。夜更かしする子も同じめに遭わせるぞ」

「やーっ。おやすみなさい!」

 慌ててシェールは毛布を被った。やれやれとタリウスが溜め息を吐く。

 弟が闇を怖がらなくなるのと自分を恐れなくなるのとでは、果たしてどちらが先だろうか。