「消灯!」

 教官の発した一声で、少年たちは灯りを落とし、一斉にベッドに潜り込む。数秒後、異常がないことを確認すると、教官、タリウスは静まり返った居室をあとにした。


「戻りました」

  消灯点呼を済ませ教官室に行くと、主任教官が上機嫌でお茶をいれていた。

「今年の予科生は、みんなイイコにお休みしたかい?」

「はい、今のところは」

「結構。ならば、今年こそ私や君の出番はなさそうだ」

「それはどうでしょうか」

 タリウスは苦笑いをした。彼は勿論、ゼインも、そんなわけがないとわかって言っているのだ。

「どうだい、君も一杯」

「いただきます」

 上官に勧められるまま、タリウスはティーカップを手に取った。ここまでは例年通りだった。

「どうだろう、ジョージア。今年は役割を変えてみないか」

「私が怒鳴り散らして、先生自ら予科生に罰を?先生が本当にそれでよろしいのでしたら、私は…」

「そうではない。君が怒鳴り散らして、なおかつ罰も与えろ」

「それで、先生は何を?」

「そうだな。君に叱られている予科生を生ぬるく見守るというのはどうだろうか」

「それも良いとは思いますが、私個人としては、年頭に先生の怒鳴り声を聞かないと気合いが入りません」

「君はもう何回も聞いているだろう。充分だ」

「ここに赴任してからというもの、毎年戒めにさせていただいていました」

「相変わらずの優等生っぷりだね」

 ゼインは溜め息をひとつ吐き、カップに口をつけた。

「しかし、元はと言えば、君を試すために始めたことだというのに、今や逆に利用されているとは、全くもって侮れないね」

 数年前、ゼイン=ミルズが部下のデビュー戦に用意したのがこの消灯後の討ち入りである。

「まあ良い。喉も潤ったことだし、そろそろ行くとするか」

  ゼインは立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。

「今年も悪い子を懲らしめに」


 数分後、少年たちの居室に、いくつもの悲鳴と鬼の怒鳴り声がこだました。寝間着の下に見え隠れするのは、どれも良い色に染まった尻である。

「先生!すいません!許してください!」

「黙れ!!ここでは私がルールだ。ジョージア教官、愚か者に罰を与えろ。一ダースだ」

「は!」

「もう一ダース追加だ」

「は!」

「君はいつからそんなぬるい叩き方をするようになった!貸せ」

「しかし…あっ!」

「うあぁっ!もう堪忍してください!ひいぃぃい!」

「押さえろ!」

「は!暴れるな。大人しくしていたほうが身のためだ」

 それは、正に地獄の幕開けだった。彼らは、本日付で中央士官学校に入校が許されたばかりである。


 了 2021.1.28 「サディスト」